徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

少女の日の思い出

 「大きなことを成し遂げるために

強さを与えて欲しいと 神に求めたのに

謙遜を学ぶようにと 弱さを授かった

 

偉大な事ができるようにと

健康を求めたのに

より良き事をするようにと 病気を賜った

 

幸せになろうとして 富を求めたのに

賢明であるようにと 貧困を授かった

 

世の人々の称賛を得ようとして

力と成功を求めたのに

慢心にならないようにと 失敗を授かった

 

人生を楽しむために

あらゆるものを求めたのに

あらゆるものを慈しむために

人生を授かった。

 

求めたものは

一つとして与えられなかったが

願いは全て聞き届けられた

 

私は もっとも豊かに 祝福されたのだ」

 

 アメリカの南北戦争の時代、南軍の一兵士が書いたと言われる、作者不明の一篇のその詩は、

「人が生きていく上で本当に必要なものは何かを教えてくれているように思います。じっくりと読み味わってくれたら嬉しいです」

という、温かく、優しく心に響く言葉とともに、別れの手紙に添えられていた。

 その詩を紹介してくれた方は、当時お世話になっていた校長先生。引っ越しの為、その学校を去るという別れの夏の日に、先生が直接手渡してくれたものだった。

 先生は今、お元気にしているだろうか?詩を片手に、ふと、大好きだった先生の事が頭に浮かんだ。

 

 私の中学入学と同時にその中学にやって来た先生だったが、入学式の新入生代表挨拶を任され、務めた私は入学前から先生と面識があった。

 小さい頃から本が好きで普段から読書に没頭し、国語で習った文学作品にもいちいち興味を示す程だった私。

 ある日。運動部の副顧問をしていた担任の先生が出張で不在の期間、毎日の宿題である提出ノートで授業で習った文学作品、「少年の日の思い出」の問題を解いた時。返ってきた提出ノートに、コメントが書いてあるのに、私は気づいた。

 「少年の日の思い出ですか。懐かしいですね。私はこの作品の作者、ヘルマン・ヘッセ車輪の下という小説も好きです。読書好きのあなたに、是非ともおすすめしたいです」

それは、担任の先生の代わりという事で提出ノートをチェックしてくれた、校長先生が書いてくれたものだった。

 私は次の日の提出ノートの隅に

「少年の日の思い出、私は好きです。なので是非読んでみたいと思います。ありがとうございます」

と、返事を書いて出した。

 するとその日の放課後、教室で一人残って作業をしていた私に、帰り際、通りかかった校長先生が話しかけてきてくれた。

「夜雨さん。お返事ありがとうございます。嬉しかったです。」

「いえいえ。先生、私こそ本を紹介して下さりありがとうございます!でも・・・・・・何で私が読書が好きって分かったんですか?」

 すると先生は、こう返してきた。

「だって夜雨さん、よく昼休みに図書室で本を見ているじゃないですか。真剣で、それでいてとても楽しそうな目で」

「え?すいません、先生の事気づいていなかったです・・・・・・笑」

「だと思いましたよ笑 それだけ集中しているってことですね。だから今度是非、先生にもあなたのおすすめの本、紹介して下さいね」

 中学生になったばかりで、緊張していた頃、気さくに話しかけてきてくれた先生の優しさや人柄がとても嬉しかったのを、今でもよく覚えている。

 そしてそこから、私は先生とよくお話しするようになった。

 

 図書室で本を選んでいる私に話しかけてきてくれた先生と、おすすめの本を紹介し合ったこと。部活の部誌の印刷で遅い時間に職員室に行った時、先生達みんなでお団子を食べている先生と目が合って、

「あ~、見たなぁ~笑」

って、少年のようにキラキラした瞳で笑いながら、お団子は人数分しかないからと、代わりにおせんべいをもらったこと。読書感想文が佳作をもらって、特別すごいというわけでもないのに、褒めてもらったこと。

 思い返せば、先生に関しての思い出は割といくつか挙がるものだ。50歳とはとても思えないくらい、若々しくかっこよくて、上品で、優しく気さくだった先生。そして何より、大人と本や文学について語り合えたことが初めてだった私は、それが本当に嬉しくて楽しかった。

 

 しかし、時間は容赦なく私に夏を運んできて、避けられない別れの季節がやって来た。

 皆とのお別れ会の直前に職員室に呼び出された私は、先生から直接この手紙と詩を手渡され、胸がギュッと締め付けられたのを感じ、涙が溢れた。

「泣かないで下さいよ~笑」

先生の優しい笑顔が、子供ながらに刺さったものだった。

 

 そして、今。

 「悩める人々への銘」。そんなタイトルが、どうして今になって突然、私の前に現れたのであろうか?

 「悩んだとき、立ち止まった時に読んでみて下さい」

これを渡すとき、先生がそう言っていたのを思い出す。タイミングが・・・・・・先生、本当にあなたはすごいですね。偶然だけど、そんな気がしないというか。そういう所も、どこまであなたは素敵なんだか・・・・・・。

 思えば、私がかなり年上の芸能人を好きになりだしたきっかけは、先生、もしかしたらあなたなのだと思う。

 そういう風になったのが、あなたと出逢った後でよかった。そうじゃなかったら・・・・・・笑

 

 本棚から、ふと引っ張り出した、ヘッセの詩集。そこから出てきた、一つの茶封筒。その中に入っていたのは・・・・・・ある夏の、少女の日の思い出。

髪は、過去と紙一重

 何かを変えたい、一歩踏み出したい、一度過去を切り離して再スタートを切りたい・・・・・・そんなとき、今まで無意識に、まず見た目から変えてきたのが私だった。まるで一種の景気づけや、願掛けのように・・・・・・。

 きつすぎず、上品に漂う香水の香り、やけにムーディーさを演出するよく知らない洋楽、それらに不釣り合いな、床に落ちた見た目にも重苦しい大量の髪の毛。 

 行きつけの美容院。窓の外は、雨。

 

 ふと物心ついた時から、髪を切り、その後初めて会った時は、まず携帯で私の写真を撮って待ち受けにする・・・・・・という事が、祖父が決まって楽しみにしていた事だった。

 中2で私が長野に引っ越し、福島に残った祖父と頻繁に会えなくなっても、美容院に行った後、母が撮って送った私の写真を見て、それを待ち受けにするという習慣は、相変わらずだったそうだ。

 携帯さえいじれなくなる、それまでは・・・・・・。

 

 先月他界した祖父は、一年と少し前から肺癌を患っていた。余命三ヶ月と言われていたのに、よく頑張ってくれたなと改めて思う。

 大のおじいちゃんっ子の私は、長期休みの度に祖父に会いに行った。会いに行く度、容体が悪化しているのは目で見てとれた。

 そして一番最後に直接会った三月は、以前と比べ薬等でだいぶ髪が抜け落ち、話している声もどもって聞こえずらく、忘れてしまった記憶も増えたようだった。決して忘れたいと願っていた訳でもないだろうに。

 今思うと、そんな状況で直前まで、母に向かって

「夜雨ちゃん来てくれたんねえ」

と、私の名前を呼び、覚えてくれていたことに涙が出る。

 そんな祖父が亡くなった事は、おじいちゃんっ子だった私に想像以上のダメージを与えた。

 

 話すと長いから若干省略するが、精神的ショックで体調不良が続き、好きなことやそうじゃない勉強など私生活全てが見事に手につかなくなり、心の病気と言われ、学校に行くことさえほぼ不可能になった。一連の出来事で一番苦しいはずの祖母にまで心配され、不安にさせた。

 幼少期、年子の弟の世話や仕事で両親は手一杯、姉は幼稚園という中、面倒を見、育て、文字も教えてくれた祖父の存在はそれ程までに大きすぎた。

 以後の日々は苦しかった。なんせ勉強も手につかないから、テストも諦めろ、受けなくてもいいくらいだと先生に言われ、やる気はあるのにできない。そして保健室に通う日々が始まり、廊下でクラスメイトとすれ違った時の焦りや恐怖も尋常じゃなかった。

 もうすべてが怖くて、嫌になった。

 押し寄せる現実、でも私の時間は、あの日で止まったまま。

 

 変わりたかった。勉強のやる気があっても手につかないのと同様に、変わりたい気持ちがあっても変われないかもしれない。それは怖い。すごく怖い。そしたらもう、どうしようもない。

 でも、変わろうとしない事には、変われるわけがないから。だから・・・・・・。

 

 いつの間にか、ホットペッパービューティーで、行きつけの美容院の予約を入れていた。一種の景気づけのような、願掛けのような・・・・・・こんな時に、昔からの癖が行動に表れた。

 

 「すっきりしたね。ほら見て、この髪の毛」

担当してくれた美容師さんの言葉で、床を見る。

 わあ、すごい。本当にいっぱい切ったんだ・・・・・・。

 床に落ちたそれを見て、ふと、ベッドに落ちていた祖父の髪の毛を思い出す。

 そして自らの意思で、一度過去を切り離そうと思えるうちはまだ、忘れたくなくても記憶や思い出といった過去が抜け落ちてしまうまで、少しでも前を向きたい・・・・・・。

 変わりたい、という気持ちが高まる。

 

 「ありがとうございました」

美容師さんの声に見送られて、外に出る。

 これから私は、少しでも変われるだろうか?一歩踏み出せるだろうか?

 私は、空を見上げる。いつの間にか、降っていた雨が止み、一面晴れ空が広がっている。

 

 そうだ、帰ったら母に写真を撮ってもらって、祖母にそれを送ろう。久しぶりにメールして、話そう。そしたら少し、安心してくれるかな?

 

 今後の事なんてまだわからない。でも少しだけ、踏み出す一歩に繋がる何かを、私は得られた気がした。