徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

See you again

 「英語でさようならは、See you again。againが付いているって、何かいいよね」

誰かの言葉が、ふと頭を過ったのは、その時だった。

 

 二歳年上の姉は、明るく元気で、積極的。比較的静かさを好み、消極的な私とは、正反対の性格をしていて、その度が過ぎているような明るさに、嫌悪感を覚える事も、しばしば。しかし現実、それが日常で、姉は私との温度差も、楽しんでいるように見えた。

 歳が近くて、女同士。姉とは昔、喧嘩をする事も少なくは無かった。

 しかし確かな事は、それでも私は、姉が大好きだったという事。物心ついた時には、いつしか私は、姉の背中をを追うようになっていた。

 

 周りに囚われず、自分の道を確実に進む。その考えも、それにより生まれた今の生活も、元をたどれば、姉のおかげだ。

 昔から、“大学まで出て、企業に就いて安定した生活を送るのが普通”という、固い考えしかなかった私。しかしその考えの固さは、姉の影響で大きく変わった。

 動物に関する仕事を求めていた姉は、一浪後に滑り止めで受かった大学を蹴り、外国に馬の勉強をしに行く事を選んだ。その時私は、姉のその意志の固さと、夢に対する執着心、そして大学を蹴った潔さに、大いに驚き、それと同時に大きな感銘を受けた。素直に、かっこいい、って思った。

 そんな姉の姿を見ているうちに私は考えが変わり、違和感のある高専生活をやめ、夢を追おうという決心ができ、今に至る。

 姉はどうやら、その事を自分のせいなのでは?と、危惧している様子だったが、そんな事は無い。むしろ、その逆。事実、私は、姉に心から感謝をしている。

 

 そしてそんな姉の、夢へ向かっての門出は、大変喜ばしい事であった。

 しかしそれは同時に、とても寂しい事でもあった。

 姉が出ていく先は、オーストラリア。しかも、何年後に帰ってくるか、まだ分からない。

 それは、約十六年を共に過ごした妹としては、本当に寂しかった。なんというか、複雑な心境()

 

 そしてその日は、あっという間にやって来た。

 それまでの1,2習慣の夕食は、姉の好物ばかりが、連日で並んだ。2日後が誕生日の姉の誕生日パーティーも、よく分からない日に、早めに行った。姉の好物を一つ一つ、食べ終える度、私の心に、複雑な気持ちが溢れていった。

 最後の夜は、姉の好きなビーフシチュー。いつもは使わないような、質のいい肉だった。

 オーストラリアに行けば、オージービーフがあるじゃない。

そんな事を思うのにも、胸が痛んだ。

 

 そして、今朝。姉が母とともに家を出るまで、私はずっと、姉の近くをべったりくっついて離れなかった。その時ばかりは、いつもはすぐにふらっとどこかへ行ってしまう姉も、ずっと私の近くにいて、どうでもいい話をいっぱいしてくれていた。

 最後まで、いっぱい話して、いっぱいしょうもない一発芸を見せられて、いっぱい笑った。いつも、明るく元気な姉だ。涙は似合わない。

 「もう、行かなきゃ」

と言って、玄関に向かう姉に、私は小さく、

「さようなら、ばいばい」

と、呟いた。そんな私に、姉は、洋楽の、誰かの曲の一節だろうか?

「See you again!」

と、歌いながら返した。その“again”が、私には妙に嬉しく、でも何だか切なく感じられた。

 

 姉のいなくなった空間で、私はふと、考える。その“again”は、一体いつになるのだろうか、と。その時は、もう私が家にいない可能性も、無きにしも非ず。

 しかし私は、心おきなく、ゆっくりとその時を待ちたいと思う。姉の、私にとって世界一大切で大好きな姉の夢を、応援するために。