徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

自問自答

 高校中退。単位2つ不認定。中卒扱い。

卒業した大学、そのレベル、要するに学歴が優先的に重視される昨今の学歴社会。

 そんな社会において、自分の位置付けは今の所、最下級にあるのだろう。

 たとえ高卒でも就活が厳しいこのご時世で、自分なんか更に厳しい中卒だ。最早もう笑える余裕さえもないような、このリアル感。

 

 悲しい、悔しい・・・・・・。そんな感情はこれっぽっちも湧いてこない。ただ溢れるのは、途方もない虚無感と孤独感。

 留年したとかではなく、自らの意志で絶った高校生活。

 偏差値の高低に関わらず、殆どの人ができる小学校から高校までを卒業する過程という、「普通」。

 自分にその普通を完遂しきれないと悟り、自覚し、分かった時。私は途方もない虚無感と孤独感に襲われた。

 

 出来る事なら、周りの目や社会の目を気にせずに、自分の思うように伸び伸びと、自分のルートに沿って道を歩んでいきたい。

 しかし自分には、そういう強さはない。何をするにも、周りや社会から見た自分や、自分が第三者からどのように見られているか、が気になって仕方がない。

 今までは中学まで不登校などにならず、普通通り生きてきた。しかし高校に入ってから体調を崩しやすくなり、休みがちになり、思うようにいかない自分が怖かった。そして遂には、中退。

 今までを何の不自由もなく何に反することもなく普通通り生きてきた分、自分が普通から外れた時、どうやったら普通に戻れるのか?戻れる日は来るのか?などといった不安が一気に押し寄せる。

 

 そして普通に戻る為に足掻いたとしても、その姿は決して栄誉を纏ったような輝かしいもではなく、人々に醜態を晒すような、哀れで落ちぶれた様だろう。

 自分がいくら努力したとしても、高校をやめた分、さぼった分、人のできる事をできなかった分、苦労しても当たり前。そのように見られるのであろうか?

 

 学歴社会。

 仮に今後大学などに入れたとしてもそこまでの空白の1年半。足掻きながらも必死に努力した1年半。

 その1年半が周りや社会からどのような目で見られるのかと思うと、今後の生活が不安でならない。

 この先自分がいくら努力したとしても、その努力は普通を手に入れるための努力。それ以上にはなれない。それ以上の評価はされない。その努力の価値がゼロだと言われても反論の余地さえ与えられないわけだ。

 

 これから自分は何のために努力をするべきなのだろう?

 何になりたいか、何に興味があるか・・・・・・それさえも分からないのに人に迷惑をかけない程度に定職に就きたいと望む自分に、それらを望む権利はあるのか?

 努力することも見つからないのに、そこまでして普通を求める自分は何なのか?ただ周りや社会から認められたいだけなのか?そんな自分に人生をささげてまでも、そんな社会で、そんな自分で生きていく意味はあるのか?

 

 虚無感と孤独感。自分の中にあふれるそれは、私を窮屈にさせる。

 いつかそれらに自分を食われてしまいそうだ。

 

 来年度のセンターで大学に行って、資格を取って、そして職を得る。

 そういうのを急かされて、自分は結局、何を楽しみに何を目指してこれから頑張るのか、分かれないでいる。

 時間に急かされて何かに無理に努力の価値を見出す。そういうことに対する価値があるのか、ただただ疑問でならない。

 

 そして自分の意思が明確でないままに、急かされてまで普通である必要はどこにあるのか?

 そうしないと周りや社会から冷めた目で見られるから?

 だったら普通である意味が分からないでいる私はもう既にそれらから冷たい目で見られているのか?そういう自分は社会不適合者なのか?

 

 なんだかもう全て、分からない。前を向ける気がしない。

 そんなある夜の、答えの出ない自問自答は続く。