徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

プレゼント

 最近ブログでセカオワの歌詞を引用させていただくことが多い。私は中学一年生の頃からセカオワファンだ。ファンと言ってもCDも買うのはアルバムくらいで、単行本を買ったり部屋の壁にでかでかとポスターを二枚張ったりしているが、ライブに行ったことはない。それくらいのレベル。まあレベルをどうこう言い争う気はないので自分で勝手に自分をファンと名乗っている。

 そのセカオワに対する愛については今後、改めてブログで別の記事として書かせていただく。

 さて最近「プレゼント」の合唱をやり始めたが、今回はその曲について、一ファンの目線で読んでいきたい。

 

 まず作詞者は普段ピアノ担当で、ステージ演出も務めるSaori。作曲者はセカオワのリーダーであり、ギター担当、サウンドプロデューサーも務めるNakajin

 セカオワの曲はその大半をボーカルのFukaseが作詞作曲をしているが、二人がそれぞれを手掛けるというケースも少なくはない。

 プレゼントのようにSaoriが作詞した曲は、プレゼント以外の今までセカオワが発表した全58曲中6曲、Nakajinが作曲した曲は12曲(それぞれ、数人共同で作詞、作曲した曲は数えない)。

 その中でも作詞Saori、作曲Nakajinというコンビの曲は3曲あり、マーメイドラプソディー(映画「海月姫」主題歌)、プレゼント(2015.Nコン中学の部課題曲)、アースチャイルド(2013.「お願いランキング」エンディングテーマ)と、それぞれ何かしらに起用されていてファン以外からも知られる、言わば有名どころである。

 余談だが、それらの三曲は2018.8.17.更新の最新のセカオワ人気曲ランキングTOP25に紹介順にそれぞれ、9位、19位、16位とランクインしている。このことからも、このコンビの曲は少ないながらにも人気だと言えるだろう。

 

 次に、それぞれの作詞、作曲の特徴について見ていく。ここではまずプレゼント以外の曲について見ていく。

 まず、Saoriの作詞について。彼女が作詞した5曲は先程紹介した曲たちのように、映画などの世界観に合わせたものもその大半なのであまり、一概にこうだ、とは言い切れない。しかしその中でも感じたことは、いくつかある。まず比較的優しい言葉であること。正義や戦争について描かれたものはあまりなく、それ故刺激的な言葉も少ない。また、自身の体験や経験(一部、世の現実)を含んでいること。そして展開が途中で生まれるようなストーリー性があり、それらは最終的に前向きな言葉に変わっていくこと。最後のこれが一番大きいのではないか、と自分では思う。決してよくはない事があっても、最後はそれを前向きに捉える。そこはFukaseとの作詞の違いかもしれない。Fukaseも確かに前向きに考えて歌詞が終わる、というのも少なくはないがSaori程ではなく割と曖昧としたもののように感じる。

 次に、Nakajinの作曲について。作曲は特に作詞に寄り添うためこれも一概にこうだ、とは言い切れない。そして私が音楽について詳しくない為あまり詳しい子ことは言えない。そんななかで感じたことはいくつかある。まず、吹奏楽系の楽器など、使っている楽器数が結構多い。それらは曲の雰囲気が変わる所でその音の厚みが増している。また、音が目立つ目立たないにせよ主旋律はピアノって場合が多いと思う。そして、サビに向かう所、サビ後に雰囲気が変わる所でピアノがそれを誘うような役割を果たすメロディーを奏でている。

 またNakajinに限らず、基本セカオワの作曲は楽器をほとんど使わず、映像やイメージで組み立てていくことが多いそうだ。

 

 知識や感性が乏しいため拙い考察だが・・・・・・それらを踏まえてプレゼントを見ていく。

 まず、歌詞について。ひとりぼっち。これは中学生時代いじめられていたり、ひとりぼっちでいたりしたSaori自身の事であろうか。そして彼女はTwitterで歌詞の言葉は中学生時代にFukaseがかけてくれた言葉だと明かしている。自身の経験などを歌詞に含む事の多い彼女の特徴がよく現れている言えるだろう。そしてひとりぼっちのような自分に対し、つらい気持ち、困難な人生それさえも「プレゼント」だと思おうという前向きな言葉に最後は願いや決意を込めている。それも大切な特徴だ。

 しかし他の曲との違いを唯一上げるなら、それは自身を分析しているという事だろう。冒頭やさびでない部分で今、あるいは過去の自分がどうしていたか分析してそれを踏まえて前を向いている。他の曲ではあまりこういったものはあからさまに書かれていないと感じる。

 何故なのか?それはこれは自分以外の誰かを助ける曲だと思うから。NコンのHPを見てもこの曲が皆さんにとって一生の宝物になればいい、という内容のコメントをしている。そう、他の曲は自分や主人公に対してのエールのように感じる。しかしこの曲は多くの誰かに対してというか、一番届けたい相手が他とは違うと思う。彼女は自分自身へプレゼントを贈るのと同時に同じようにもがく他の誰か、曲を聞いた誰かにその言葉、曲自体をプレゼントしているのではないか、そう感じる。

 

 次に、曲について。この曲も使われている楽器がそこそこ多く、ピアノが主旋律のように感じる。そしてサビとサビ以外の移り変わりでそれ程目立たないがやはりピアノの音が響いている。

 しかし他の曲ほど、曲の雰囲気が変わる歌詞の所で大きな変化は見られない。変化の仕方が小さい。それにはどういう意味があるのか、考察は難しいが、そういう他との相違があるという事は留意しておきたい。

 

 そして余談だが、この曲のPVについて。映像は、イラストレーターもしている鉄拳の、パラパラ漫画風の映像となっている。

 セカオワが鉄拳と、曲でこういう映像のコラボをしたのは同2015.に発表された「銀河街の悪夢」以降、2回目。

 プレゼントでは一人でスタートし、発表会をすることで仲間を増やして合唱コンクールに出場するまでの一人の女子生徒の奮闘の様子が描かれている。一方、銀河街の悪夢では、精神病になって生きる希望を失い自殺も出来なかったFukaseの過去が、歌詞に忠実に描かれている。

 どちらにも共通しているのは、他の曲と比べてそれぞれSaoriFukaseの過去がより色濃く書かれた曲であること。そういった曲にあの鉄拳の映像は・・・・・・いつも見る度、感慨深い何かを感じてならない。そして余談長かった・・・・・・笑

 

 長々と自身の拙い考察を述べてきたわけだが、そういう事も踏まえ、自分なりにこの曲と向き合い、そして表現していけたらファンとして幸せだと思う。またこの曲の歌詞についてはブログでも触れていきたい。それくらい大切に、この曲を見ていきたい。