「誰か」

 9月6日木曜日の、午前3時8分ごろ。北海道で最大震度7を観測する地震が発生した。

 10歳の時に東日本大震災を私だが、その時私の地域での震度は6弱。それでもかなり揺れは大きく、家では壁や塀に亀裂が入ったり食器が割れたりの被害で済んだものの、同じ市の海沿いの地域では津波により家が倒壊するなどの被害が出て、多くの罪のない方たちが犠牲となった。

 しかしそれよりも大きかった今回の北海道地震。四方八方を海で囲まれているということで津波が心配だったが、幸い津波の心配は今の所ないようだ。しかしそれでも未明におきたその地震が原因で亡くなっ方は現時点で42人、避難している方たちは昨日の時点で2600人越えと、相当な被害をもたらした。

 改めて、亡くなられた方、そして親族や大切な人を亡くされた方々に、お悔やみ申し上げる。

 

 3.11のあの地震を体験するまで、私は地震でなくとも、土砂崩れや水害などの自然災害が起きた、というニュースに、正直あまり関心がなかった。もちろん大変なことが起きた、多くの方が犠牲になって悲しい、という思いにはなったが、一方で自分の知らない人たちのことだ、関係ない、とも思ってしまっていた。

 しかしあの日。小学校まで迎えに来てくれた祖父と一緒に家に帰ってテレビを見て、自分の知っている地域が、行き慣れていた地域が津波に飲み込まれてめちゃめちゃになっている様子を見て、大きな喪失感に駆られたことを今でもよく覚えている。悲しい、可愛そう、そういった表面上の薄っぺらい感情ではなくて、心の中の何かが削り取られるような、言葉にできない、深い喪失感。そして涙も出ずに、ただただ震えた。あの手の震えも、不思議とよく覚えている。鮮明に、今でも。

 そしてその後発生した福島第一原発事故での放射線の影響で、父を残して私は姉弟と母と、祖父母とともに親戚のいる大阪に避難した。

 大阪の大伯父は親族も被害に遭ったという事で地震の事をよく調べていて、私達の事をいっぱい励ましてくれ、おいしいご飯もいっぱい食べさせてくれ、しばらく住むアパートまで手配して、布団も譲ってくれた。避難するまで食料は限られていて、寝るのも今にぎゅうぎゅう詰めで雑魚寝していた私達にとって、それはどんなにありがたかったことか・・・・・・。

 しかし大阪に行って驚いたことがあった。それは震災の事をよく知らない子供や大人がいっぱいいたという事。街や店での親族以外の人との会話で、母や祖父母が震災の事や避難してきたという事を話した時、あまりに被害の状況やまずどこで起きたかについても知らない人がいて、私は驚いた。そしてそれ程に関心がないくせに会話の終わりで、頑張ってくださいとかいう無責任さに何だか腹が立つというより、呆れた。子供ながらに薄っぺらいな、と思った。会話をしていた母や祖父母もそんな様子の私の顔を見て、苦笑い。

 しかし私は、はっ、と気がづいた。自分が薄っぺらいな、と感じたその人たちは、全くと言っていい程に、私と一緒だった。自分の知らない事だ、関係ない、と思っているから被災地の現状を知らない。そしてそのくせ悲しいとか頑張ってほしいと願うなんて・・・・・・卑怯者じゃないか。私は今までの自分を酷く情けなく感じた。支援をするにも、まずは被災地の現状、被害状況などを知るべきなのに・・・・・・。

 

 そう気がつけてから、私はいろいろな自然災害が起こる度にネットやニュースで、ある程度はその災害の近況を知るように努めている。何も知らない自分に、何かに悲しんだり、誰かを支援する権利なんて無いのだから。

 昨日に続いて、好きなセカオワの歌詞を引用させていただく。

 ”きっとこのまま「誰か」のまま放っておけば忘れてしまうだろう”

 そう、他人の事だ、どこか遠い世界の、自分とは関係のない「誰か」の事だと放っておいてしまえば、本当に一切自分とは関係が無くなってしまう。それは楽かもしれない。そしてもしかしたらそれが普通になってきているのかもしれない。

 しかし、それではあまりにも悲しくはないだろうか?と、私は思う。勿論災害だけに限らず、学校、家庭環境、病気など、苦しんでいる人を探せば毎日世界のどこかで幾人となく見つかるだろう。しかしその中には、たとえどんなに苦しくても自らSOSを発せない人たちも多いはずだ。それ故自分たちが感じられないSOSも、きっと毎日たくさんある。そのせいで毎日多くの犠牲が生まれているのかもしれない、と思うと胸が痛い。

 だからこそ、SOSを感じられたなら「誰か」のまま放っておいたら悲しい、と私は思う。確かに、自分とは関わりのない、知ろうと思わなければ一生知らず、だからといって自分が困ることもないだろう。しかし放っておけば苦しむ時間が増えてしまうその存在を見つけたなら、私は助けたい。震災を経験したあの時に全く知らぬ誰かから頂いた支援物資、義援金、薄っぺらくない温かい言葉・・・・・・。親切は、優しい気持ちは巡り巡って自分に返ってくると思う。私はあの時十分に頂いた優しさを、返したい。

 

 東日本大震災から今日で7年半。色んな事が起きても、この日の事も是非忘れないで欲しい。そしてその被災者は、悲しみや傷は月日が経っても癒えるものではないと思う。しかしその傷だけでなく、多くの「誰か」から受け取った優しさを、今SOSを発している「誰か」に返すことも、考えてみてもいいのではないだろうか。

 先日起きた地震と、7年半前に起きた地震に思いを寄せて・・・・・・私は、今すべきことを考えたい。