徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

ファフロツキーズの夢

 幸せなような涙が出そうなこの気持ちは何て言うんだろう・・・・・・。

 ふと、セカオワのRAINの歌詞が頭に浮かんだ。まさにそれの言葉が私があの時思った率直な感想だった。

 

 先月の中旬。自身が所属する合唱同好会で、静岡に遠征&合宿に行った。海に行ったり、夜にみんなで集まってゲームをしたりと、楽しい時間を過ごせた。

 しかし一日目の夜。片目のコンタクトが外れなくなったと思ったら翌朝には目が腫れ、涙が止まらず、そのせいで鼻水と目やにも出て、ほぼ視界が無くなった。目を閉じているのも開けているのも痛くて夜は全くと言っていい程眠れなかったし、あまりにその痛みがひどくなって本当に目も見えなくて危なくなってきたので、やむを得ず医者に連れて行ってもらった。

 医者に言われた病名は、角膜潰瘍炎。角膜が傷ついて傷ができている為、治療が必要と言われ、割と多量の薬をもらった。

 なんか、とてつもないショックを覚えた。自分を医者に連れて行ってくれたせいで沼津の合唱カンファに遅れてしまった仲間に申し訳ないという思いと、コンタクトが外れなかったことは今までなかったのに、どうして今なんだろうという思いと・・・・・・。

 しかし、ショックはその後更に襲ってきた。

 医者に行った次の日は、朝日コンクール。しかし医者に次の日も必ず眼科で検査してもらうように、と指導されていた。そしてその夜、それに出るか出ないか、という話になった。

 幸い発表順は午後三時とか、遅めで、友達が眼科行ってからでもコンクールに出れるような新幹線の時間を調べてくれ、予約してあった特急をキャンセルして新幹線でみんなより先に長野に戻って眼科行ってからコンクールに行く、という案も出してくれた。

 しかし、両親に電話ですぐに却下された。その友達も泣きながら説得してくれたらしいが、それは変わらなかった。

 一度、新幹線で変えるという案を出してもらい、少し望みを持っていた私だが、こうなることは今までの経験上予想していたから、別に驚きも反抗も何もなかった。むしろ、ああやっぱり、という納得をした。

 しかしどうしても悔しい気持ちは抑えきれず、電話で母に大泣きしながら悔しい気持ちをぶつけた。意見を変えて欲しいというわけではなく、ただ私の気持ちを、弱さを、聞いてほしかった。甘えたかった、悲しいときこそ、素直に。

 電話で私は愚痴ではないけど、色々母に思いをぶつけた。

 ”パパとママは私の健康とか、病気とか心配してこういう決断したのは分かってるよ”

”だから文句ないしありがとうって思う。気遣ってくれて、愛してくれて”

”でもやっぱり、私なりには頑張って来たから、出たかった”

”最後のコンクールかもしれないから、出たかったんだよ”

 母はうんうん、と言いながら聞いてくれた。しかし、コンクールに出られないという事実は確定事項で変わりはしない。

 これで良かったんだ、私は必死に自分で言い聞かせた。ただでさえもう迷惑かけているのに、万全じゃない状態で出てこれ以上みんなに迷惑をかけたくないし、それは自分にとってコンクールに出られない事より、何よりも一番つらい事だったから。

 翌朝。コンクール会場の最寄り駅に母が迎えに来てくれ、そこでみんなと別れた。絶対に泣かないで、頑張ってねって、さよならするつもりだったのに、ばりばり大泣きで大したことも言えなかった。

 

 後日。友達から、コンクールの結果を聞いた。今まで銅賞続きだった同好会で初めての銀賞という、自分たちにとっては誇らしい結果だったそうな。

 その結果を初めて時、私が思った率直な感想は、

幸せなような涙が出そうなこの気持ちは何て言うんだろう・・・・・・。

あの歌詞のワンフレーズ、まさにそれ。

 おめでとう、と言いたい。しかし子供な私は素直にその結果を喜べなかった。

 そこになって、自分の弱い部分が出てきてしまった。それは、自分自身に対する過度な自信の無さ。私がいなかったから、いい賞を取れたのではないか。もし次があって、私も加わってコンクールで歌ったならまた銅賞なのではないか。自分がいなかったから良かったのかな。自分がいつも下げているのかな。怖い・・・・・・。

 その可能性少し怖くて、プレッシャーで・・・・・・。私は、その結果を喜んだものの、心の本当に底からは喜ぶことができなかった。何とも言えぬ、複雑な気持ち。

 しかし私がそういう感情むき出しでいたら皆も素直に私の前で喜んだり、その事を口にしたりできなくなるだろうから・・・・・・と思ってそれは少し黙っていた。だからここで少し弱さを出させてもらう。

 

 そして今日。そのコンクールでの発表の録音を聞いた。私は平穏な気持ちでそれを聞いていられるか少し不安だった。

 発表について、少しやらかしちゃった、と聞いていたが、録音を聞いて思ったのは、確かに少しやらかしているな、という事。ピアノと声が合っていないところなどがあった。しかしそれ以上に思ったのは、素直に、綺麗だなという事。なんだか、どこが素敵、ここがこう、とかはうまく言えない。しかしなんだろう、皆の気持ちが同じ方向を向いているというか、そういうようなまっすぐさのある響きがグッときた。

 それを聞くと、結果を聞いてから抱いていたマイナスな感情が、醜く、馬鹿らしく思えた。そう思い直してしまう位、とにかくまっすぐであたたかで優しい響きだった。

 録音を聞いた後、一人一人に感想を求められた。まさか自分は聞かれないと思っていたが、聞かれて驚いた。

 その時は、何て言ったらよいか分からなくて、無、と言った。

 今冷静になって考えてみても、それは割と適切だったと思う。いい結果で、幸せなような気持ちがある反面、涙が出そうな、何とも言えぬ複雑な気持ちもある。それは少しは浄化された者の、正直に言って、まだ全然消えたわけではないから。

 でも強いて言うなら・・・・・・私はまだ子供だから、やっぱり涙が出そうな気持が少しだけ強いかもしれない。

 この一連の出来事、結果は私にとってはちょっとしたファフロツキーズの夢だった。そうとでも言っておこう。