徒然夜

孤独にあるのにまかせて、夜にPCと向かい合って、心に浮かんでは消える他愛のない事柄を、とりとめもなく書きつけてみる

一つの約束

 祖母の家にいる間は、これでもかというくらいに、本当に祖父の話ばかりだった。

 「朝起きたらな、咳せんと声でない時もあんねん」

話し相手がいなくなって、全く声を出さない日もあるという祖母が、笑いながら話す。話し相手がいないというのは、どんなに寂しく退屈で、つらい事なのか。完全には理解してあげられないが、想像はできる。

 そういう日も少なくはないからなのか、私と母がいる間、祖母はほぼ絶え間なく話し続けた。元から話好きな関西人の性質を考慮しても、その話しぶりはやや異常だったが、毎日一人の祖母の話し相手になれたことが嬉しくて、私も母も一緒になって夜遅くまで話し込んだ。

 

 ふと、祖母が何かを持ってくる。

「これ、みょうちゃんの財布やねん。もう入院決まってからはお金は何も入れとらんかったからな、カードばっかやねんけど」

祖母の手には、祖父が生前愛用していた、深緑の財布が握られていた。

 「でもな、財布にこんなもん入っとってんよ」

祖母が財布から何かを出す。

「ほれ。これあんたが三歳くらいの時やから、もう十五年も前のんか。こんな前のん、みょうちゃんずっと、財布のチャック付きのポケットの中に大事にしまっとってんよ。知らんかったわ。こないだ気づいてん」

それは、私が三歳、姉が五歳の時に家族で撮った、七五三の家族写真だった。まだ一歳の幼い弟は、父の腕に抱かれている。

 十五年も前にとったこの写真を、祖父はずっと肌身離さず持っていてくれた、という事になるだろうか。じーんと、心に来る何かを感じる。

 「それと、ほれ」

祖母はもう一枚、同じ大きさの写真を見せる。それは、その家族写真を撮った三歳の時の私が、一人で写った写真だった。

「あんま姉ちゃんや弟ちゃんの前では大声で言えんけどな、みょうちゃん、夜雨ちゃんを溺愛していたけんな、あんたのだけ一人で写った写真もちゃっかり一緒にポケットに入れていたみたいやねん」

祖母が笑う。

 「もうおじいちゃん、あんたの事ほんまに大好きやったもんな。」

「最後までずっと、夜雨ちゃんは次いつ来るんやって聞いとったし」

祖母と母がそう、笑う。私は何だか複雑な気分だった。私の後悔はまさに、

「夏休み来てな」

「次いつ来るんや?」

を繰り返していた祖父に、次を与えてあげられなかった事だったから。

 写真の中の私が着ている桃色のかわいい着物も、祖父が買い与えてくれたもの。たくさん与えてくれた祖父に私は何も与えて、返せてあげられなかった。それが今も、ただただ後悔。ただただ心残り。

 そんな複雑な気持ちから、二人の会話が耳を通り抜けていく。

 すると、

「あっ!」

祖母の大きな声で我に返る。

 「どうしたの?」

すると祖母は、財布から千円札を一枚取り出す。

 「あれ?お財布の中にお金っていれていなかったはずじゃ・・・・・・」

「そうやねん!でも一枚入っとってん。私らがいない時、病院で飲み物とか欲しくなった時に買えるようにって、みょうちゃん千円だけ入れ取ったのかもしれへんな」

「おじいちゃんしっかりしているさかい、きっとそうや」

しっかり者の祖父について、みんなで推測する。

 すると、祖母がさっと、それを私の手に握らせる。

「これはあんたが持っとき。他のんと区別つくように、それこそ財布の、お金入れないポケットにでも入れておき。みょうちゃんの形見や思って」

「え、でも、これはおばあちゃんが持っていた方がいいんじゃない?」

毎日おかずを供え、まだ一緒にご飯を食べている気分になっているラブラブな夫婦を思い、私は慌てて遠慮する。

 「ええねんええねん、私はもうおばあさんやし、いつも近くにみょうちゃんがおるからええねん。せやから遠くにおるあんたが持っとき」

「もらっといたらええやん。あんなに溺愛されているんやし」

「せや。みょうちゃんは夜雨ちゃんが大好きやってん。あんたが持っとくんがみょうちゃんの幸せや」

二人に説得され、私は半強制的にそれを握らされる。

 何の変哲もない、ごくごく普通な千円札。しかしそれは、大切な祖父の形見。

 私はそれを、他のと区別できるように注意して、財布の小さなポケットに、そっとしまった。

 それはまるで、祖父が私や、私の家族の写真を長年財布のポケットにしまっていたかのように、そっと、大事に・・・・・・。

 

 そして、別れの時がやって来た。

 祖母の家を後にする際、祖父に手を振り、別れを告げてきた。

 駅に行く同中の車の中で、

「私、じいちゃんのあの写真見たら、涙出てきた。本当にいい顔しとって。もういないんやわあ思って」

「そういやあのみょうちゃんの写真も、七五三の時のやなあ!」

そこで私たちは、意外なつながりに気付く。

 「せやったら良かったなあ、あの写真にして。正解やったわあ」

祖母の声に、二人で頷く。

 「ところで夜雨ちゃんは、みょうちゃんもういないんやなあってあの写真見て思ったん?」

祖母の声に、私は

「いや。そういう感じがしない。まだどっかにいるって思っちゃう」

と即答する。

 本当にそうだった。ずっと遠くで暮らしていた分、しばらく会えないのは当たり前。それにおじいちゃんが、私の事大好きなおじいちゃんが私を置いてどっかに行ってしまうわけがない。

 だから形見なんて、言ってほしくなかった。形見なんかじゃない。あれは・・・・・・

「ほんならまた会うた時、千円返したって。それまで預かっといたってよ。これ、約束な。みょうちゃんと、あんたとの。それで会えたら、あんたこれ忘れとるでって、笑うてやって~笑」

私の心中を察したらしい祖母が明るく笑う。その祖母の冗談が、今は優しく胸にしみた。

 

 福島へ、祖母の家にへ来て、私は何がしたかったのだろう?

 現実を受け止めたかったのか、祖父母に会いたかったのか、それとも現実逃避をしたかったのか。

 分からない。しかし結果的には、現実を受け止められていない自分を知ることとなった。

 これから、どう生きていけばよいのだろう?考えると不安は尽きないが、私は祖父に返し、与えないといけないものができた。だからそれを達成できるまで、私は頑張らないといけないような、そんな気がした。

 あれから49日。財布の中に、祖父との一つの約束が温かく宿る。